安倍川橋オデンロックフェスティバル

江戸時代の東海道、静岡市内を流れる安倍川には橋が無く、徒歩や川渡しの力を借りて通行していた
明治になり初めて架けられた橋が安倍川橋で、現在の鉄橋は大正時代からのもの、トラス構造が美しい

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ぼくは静岡市の安倍川橋端に住んでいる。弥勒という地名に惹かれたからでもう5年になるが、その以前も安倍川橋は自分の動線の中にあった
弥勒にミロクスタジオという看板を見つけたのはもうずいぶん前になる(15年前だそうだ)最初はデザインか写真のスタジオかなと思ったがどうやら練習スタジオらしい。それにしては人の出入りが無いなと見ていたところ、それから5、6年も経ったある日、おでん屋が併設された
「みろくさんぶ」 LIVE&ODEN とか書かれている横を訝しげに通行していたその数年後
今度はそこにCafeの文字が加わった。サンビエントカフェと書いてある
怪しい…

すきすきスウィッチのCDが完成し2013年秋、それまでのほとんど息をひそめているばかりだった自分の住む町でも少しは宣伝しないといけないと思い直し、意を決して、あれこれ表明し、店舗訪問する一環で
みろくさんぶに入った。実に12年もかかった。干支が一周りしたのであった。

店に入ってカウンター席、壁にLP盤のジャケットが帯付きで多数飾ってある
その中にぼくはダンカン・ブラウン(元メトロ、Dボウイの「レッツ・ダンス」収録のクリミナル・ワールドの作者)のアルバムを見つけ
「へぇ〜、マスターこんなの聴くの♪」と声をかける。店主も、おっ、この客、食べログ見てきたんじゃねえなと見方を変える。
しばらくいろいろ話すうち、こちらもこの店主が以前東京でやってたというバンド名を聞き出す。90年代初めですよ〜
マッチ売りの少年
お、ぼく、それ、覚えがあるぞ

ぼくらがそんな話をしている間にカウンターでは、町内会長だという高齢ダンディが友人と昭和の初めのこの辺りの話をしている。その横を通って奥の練習スタジオから出てくるバンドあり、天井には2階の猫部屋から降りて猫が顔を覗かせるブースがあり、テーブル席部分を閉め切ってもう一つ練習スタジオを設えたり
めくるめく状態になっているのであった

少し整理する
マッチ売りの少年、とは音楽評論家(el-king,remix編集長)野田努のバンド。みろくさんぶ店主はその弟。マッチ売りの少年ではギターを弾いていた
彼らの実家は静岡市の「乃だや」で、店主はそこで修行した(どうりでちゃんとしてる)実家は別の兄弟が継いでいる
また店主は、石野卓球やピエール瀧と高校時代よくつるんでいた。「人生」のメンバーだったことがある
そして、佐藤幸雄とわたしたち の藤木弘史はマッチ売りの少年でピアノを弾いていた

店主野田篤との付き合いはこうして始まった
みろくさんぶでは幾度となく演奏させてもらったので、彼のバンド(時々ソロ)パワーオブプレコとは一番競演していることとなる
みろくさんぶは通常のライブを主催する以外に、「手ぶらで来てソロ10分」という約束で出演者を集めての企画を考え出したりする、今回も第二回安倍川橋ロックフェスティバルとして、ソナー、youth of kawamukou、という二組(メンバーはそれぞれ1名)と
おでん桶を連れてくるのであった
いずれも、みろくさんぶでの演奏をその場で聴き、やりたいことが技術よりずっと先に行ってしまっている清々しさを強烈に感じた
パンクだ と呼ぶ所以である
そしてパワーオブプレコにはこの夜、
数曲、藤木弘史との共演があるという
それもあり、丸ごといろいろ、起きるだろうごたごたも含めて
とても楽しみにしたい
地方都市で何かを立たせようとしている人たち
 

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時間に間に合わなくとも
おでんだけでも味わいに来てくださると店主の心意気を感じていただけると信じます